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救急隊長が日々の仕事や生活で感じることを綴ってい行きたいと思います。
救急隊長の独り言 今年の8月、奈良県で救急搬送を断られた妊娠7ヶ月の妊婦が病院収容を断られたために死産したというニュースはまだ記憶に新しい。
私の勤務する市においても、救急で産科を受け付けてくれる病院がなくなり長距離搬送や病院決定までに長時間を要する事態になっている。救急医療として地方都市より充実しているはずの大阪の都市においてこの有様では、地方都市になるとごく一部の熱意あるドクターの情熱だけで受け入れているところを除いて、収容するところはほとんど無いのが現状ではないだろうか。 先日も、奈良県の一件と同じようなケースに遭遇した。 妊婦は32週(最終月経から推定)で初めての妊娠にもかかわらず、産科の診察を一度も受けたことがなかった。(このようなケースは過去の事例からも決して珍しいことではない。) 平日の昼間の時間帯にもかかわらず、入院設備のある産婦人科の診療所8箇所、産科のある救急病院箇所、それでも収容する病院が無く救急医療システムの端末から府下を広域で検索して、やっと収容する病院が決定したのは、妊婦に接触してから1時間が経過しようとしていた。 このようなケースは、近年決して珍しいケースではない。また、何も産婦人科に限られたことでもないのが現実だ。ここ数年、急速に病院収容までの時間と収容連絡をお願いする病院の数が増えていると感じずにいられない。 1980年代、救急業務は全国的に整備され、安心して生活できる救急医療システムの整備が進んでいるように見えた。しかし、この当時、問題になったのが「たらいまわし」と呼ばれる現象だ。 これはどういう現象かというと、患者が救急車に収容されたら消防本部から病院へ(現在は各救急隊から携帯電話での収容連絡が主に行われている。)患者の収容を症状を伝えて、お願いするのだが、A病院では「先生は今、手術中で手が離せません。別の病院へ行ってください。」と断られ、次のB病院では、「専門外なので診れません」、仕方ないのでC病院へ連絡すると「ベットがありません。」と、次々と収容を断られ、ちょうど水に浮かべたたらいをぐるぐると回すように、急病人やけが人を受け入れてくれず、次の病院へと次々にお願いして回る状態を言う。 このような現象が当時、社会問題になっていた矢先に悲しい事件が発生した。 それは、1985年、東京都大田区でのことだ。 強盗犯人を捕まえようとした大学生が、逆に犯人にナイフで刺されるという事件が発生した。救急隊は、状態を確認して緊急に手術が必要な病院を次々にあたったが、受け入れてくれる病院が無く、救急車内でだんだんと状態が悪化し、やっと見つかった病院へ到着したのは、通報から40分が経過していたという。残念ながら、この大学生は命を落としてしまったという。 このような悲しい事件があって、急速に日本の救急医療は発達していった。現在では、軽症者から重傷者までその状態に応じた病院が収容できる救急医療システムが運用されて、救急隊として決して問題がないとはいわないが、少なくともたらいまわしのような事案は少なくなったというのが現実だ。 しかしながら、昨今の産婦人科の収容不能の問題や日本各地での医師不足による病院の診療科目の閉鎖や統合のニュースを聞くと、あの忌まわしい時代に逆戻りしているのではないか、と強く危惧する事案に頻繁に当たるようになっている。 先の産婦人科の問題以外に、深夜帯の70歳代の腹痛の事案では、病院収容までに2時間、収容不能病院は14箇所にのぼった。既往に糖尿病があったが、特別緊急に手術を要するような状態ではないにもかかわらずである。 病院に携帯電話で連絡する私にその老人は、 「年寄りやからやろか?そんなに診てもらえないのは........。」 と、さびしそうに私につぶやいた。 私には娘が二人いる。少女から大人の女性になり、やがて母となる日が遠からず訪れるだろう。成長する我が子の姿を喜ばしいと感じると同時に、一抹の寂しさを感じるのは父親として他の人も同じだと思う。この子が、そのときを迎えるときに安心して私たちの元で母になれるやさしい街であってほしいと願っている。 |
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Author:イチゴ隊長
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